いつもみたいな服を買いに走っている道々。

今日Instagramにアップした『エミのカラダ【親しみのスライム】』、ご覧下さりありがとうございました。

 

このエミは、『今日のてんちょと。』で去年描いたエミオがモデル(っていうのかしらこの場合は)です。エミオの回をざっくり説明すると、茶髪にしたら友達に「前のエミオの方が好き」と言われたけど、やり始めからそんなこと言う人にまどわされないわよっていう話なんですけど。

 

これは、私がいつもいつも思っていることです。

 

お店をやっていると、「可愛いものがほしい」と当然みなさんおっしゃいます。装うものを買う時、「可愛いものがほしい」と「可愛くなりたい」は同じです、私なら同じです。美容室での「可愛い髪型にしたい」は「可愛くなりたい」と同じなのと、なにも変わりません。私なら変わりません。

 

自由な気持ちで買い物をしているのかどうか、したい恰好をしているのかどうか。私はいつもNOです。チャレンジをして新しい服を着ていった日に、「なんか今日どうしちゃったの」みたいな怪訝なひとことを言われたら、すぐうっかり服に珈琲をこぼしますね。で、すぐ買いに走ります。

 

私は、こういうのが大っ嫌いです。言われた途端に心がトゲトゲします。うるせー!って言いたくなります。でも、買いに行きます。うるせー!って言いたいと思いながら、財布を持っていつもみたいな服を買いに行くんです。

 

お店のお客さんは、自由と勇気を持ってお買い物をします。そしてそういう人に、「前の方が良かった」と言う人は必ずいると思っています。そのことを考えると、私はいつも胃腸がねじれそうな気分になるのです。装いは、全部いっきに上手に馴染んでいくわけないじゃないですか。まずはここ、つぎはここ、あーやりすぎたちょっとおさえよう。そうやって時間をかけて馴染ませていくものじゃないですか。それを待ってやれよ!って思うのです。

 

いつもみたいな服を買いに走っている途中、私はいつもそのことを考えてしまって、なんだよなんだよって思います。なんだよなんだよ、関係ないじゃないかよ、待てない人のことなんて気にするなよ、なんだよなんだよ。

 

「エミのカラダ」って何かが足りないよな、と描きながら感じていました。すごく真剣に描いているのに、なーんか足りないよと。それって私に足りないところでもあるんじゃないかな、と。

 

止まってたまるかと思います。戻ってたまるかと思います。誰かの、安定した外観のひとつになってたまるかと思います。そしてきっと、私も誰かの親しみのスライムになっているのだろうと、思うのです。

 

 

 

おおがきなこ